パンパカパ~~~ン!





今日はこんな感じ(*´-`)

おもしろいと思ったのは車輪石や石釧(いしくしろ)みたいなの描いてるっていうとこかな~。
島の山にごっそりあったやつ。



2019年1月




精奇城(さごくしろ)の何か?
秀真(ほつま)のヲシテの中にある「お」に似ている何かを中央に描いてますね、、、。
そして底に車輪石を描いていますね、、、。

描いて、後からそれが何なのかを読み取るわたくし(笑)。


縄文人は、翡翠やネフライトで作った装飾品を身に着け、動物の骨や牙でアクセサリーを作って着飾るなど驚くほどオシャレで、
縄文土器から見受けられる自然への畏敬や感謝の念と共にデザインへの意識の高さを感じます。

当時のアクセサリー文化の中にオオツタノハの貝殻に穴を開けブレスレットにした物があり、
縄文時代初期の古い物も見つかっており、最上級の宝物として扱われていたようです。

車輪石とは、オオツタノハ貝の縄文時代のブレスレットを模倣して綺麗な石材を削り出して再現し、腕輪にしたものと言われています。
貝の形状由来の車輪の様な放射状の文様が特徴で、古墳時代になると実用的なファッション目的というよりも古墳に副葬するために作られるようになり、
被葬者の権威や徳を示す宝物として扱われました。

奈良県磯城郡の島の山古墳(しまのやまこふん)から車輪石を含む130点以上の腕輪形石製品が出土しました。
縄文の比類なきファッション文化は弥生時代には殆ど受け継がれませんでしたが、車輪石や石釧などに見え隠れしています。



参考文献
・Wikipedia 「島の山古墳」最終更新 2018/6/1 22:56








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